年金改革と人事制度改革(その2)−年金改革論議からの教訓
前回、組織人事体制や評価・報酬制度のコンサルティングを通じて、長年多くの業界で実績を残している、
NTTデータ経営研究所(東京都渋谷区)コンサルタントの
田添氏に聞いた。
- 公的年金制度は、国民の老後(現役引退後)生活を保障するための、国家レベルでの現金給付の仕組みである。
- とはいえ、その仕組みは、「世代間扶助」という極めて崇高な理念があってはじめて成立している。
- 国民人口構成の変化や金融・経済情勢といったいくつかの大きな事情のために、現在、公的年金は究極の危機的状況に直面している。
- そのあたりの事情について、今回も引き続き、詳しく聞いていく。
年金の仕組みに関わる具体的検討は、どのように進んでいるのでしょうか?−変貌する「負担」と「給付」のバランス
- 年金論議の中で頻出するキーワードに「代替率」というものがあります。
- 現役時代の「手取り収入」(税金や社会保険料等租税公課を除いた実質収入)に対し、
- 年金受給額の割合を示す年金制度特有の概念です。
- 今般の年金改革の中では、代替率50%水準を堅持することが、政府において制度改定の重要なガイドラインとされてきました。
年代別代替率一覧(専業主婦世帯の場合、※出所:『週間朝日』 2003.12.12号
年代別代替率一覧(共働き世帯の夫婦収入同額の場合、※出所:同上

- しかし上記のデータを見ると、代替率50%がいかに虚構に過ぎないかが確認できます。
- 平均年収900万を稼いだ国民の代替率は僅か35%、
- 夫婦共に苦労をして平均1800万円を稼いだ世帯では更に少なく27%でしかありません。
- 所得税における累進税率の緩和で、間接税比重の高まりが進み、国民負担は公正化されているように思えます。
- ところが、公的年金においては、所得水準による負担と受益のアンバランスはこれほど激しいのです。
- 加えて、結果的に財界の反対等で実現はしなかったものの、昨年12月になって、保険料(「負担」)の不足を補うための苦肉の策として出された厚生労働省案の中に、新たな形での現役高所得層の負担増大策が盛り込まれていたことが明らかになっています。
保険料徴収に関する厚生労働省案とは、どのようなものだったのですか?
- 平成15年度から改正された保険料徴収方法では、毎月の年金保険料は、「標準報酬月額」とよばれる報酬ランク毎の所定金額に、新たな保険料率(現状13.58%、労使折半)を乗じた金額が徴収されることになっています。
- この「標準報酬月額」には62万円という上限があり、これより上位の報酬水準の場合はそれを超える負担をしなくてもよい代わりに報酬比例での年金給付に反映されることもない設計となっています。
今回の「お蔵入り」となった保険料改定案は、
- モデル世帯(年収約570万円)の給付水準を維持するために、
- この「標準報酬月額」ランクを100万円近くにまで引き上げて新たな負担を課す一方、
- 負担増に伴う給付の見返りはなしという驚くべきプランでした。
- そもそも年金保険料は、政府の裁量に完全に委ねられている“税金”ではないのです。
- 「負担に応じて受給する」という「負担」と「給付」との間の一定の秩序が崩れれば、
- そこには既に「年金制度」の存立理由は存在しません。
- こうした事実に着目すると、「世代間扶助」システムとしての公的年金制度は、その仕組みの内部矛盾のために大きく変貌しようとしていて、その変貌は新たな「世代内不公正」を生み出そうとしていることが見て取れます。
- 「世代内不公正」の抑止〜解消と、それを通じたわが国経済活力の堅持、これが「年金改革」第二の本質的テーマといえるのではないでしょうか。
「年金改革」論議に必要なスタンスとはどのようなことでしょうか?
- 国民の生活を支援し保障する制度としての年金制度は、引退世代に年金を給付するという直接の機能に加えて、現役世代の家族計画、仕事への取組み方、老後の生活設計、及びそれらを含めた人生観そのものに大きな影響を与える間接的機能を持っています。
- また、厚生年金保険料等(即ち、間接的人件費)を直接負担する企業の経営及び雇用にも影響しうるものです。
- この事実を踏まえると、政府レベルでの論議には、年金の「仕組み」そのものの検討が先行し、仕組みの設計(改定)を通じて国民各層の意識と行動をどう導くのかの検討が決定的に不足しています。
- また、新聞等で言われているような「理念欠如」という類の批判も、その意味で議論を本質へ導くものとはなっていません。
公正な年金制度を実現するための「解決策」はあるでしょうか?
- 例えば、現状の年金制度危機を生み出している大きな要因のひとつに「少子化問題」があります。
- 日本人女性が生涯に生む子供の人数を表す「合計特殊出生率」は現在1.3程度です。
- 将来の年金給付を支える現役世代はこのままでは減る一方です。
- 「少子化」は様々な要因が複合した結果なので、一概に年金制度が与える影響だけで改善されるものではないですが、
- 年金制度の及ぼす影響は決して小さくありません。
- 例えば、子供の扶養数(≒出産数)に応じて保険料設定上の「報酬効果」を付与する等は導入可能な措置です。
- 具体的には、子供の扶養数に応じて保険料率(及び額)を優遇する等の方法が考えられます。
- 子供を養うことは将来年金保険料を納める現役世代を生み出すことを通じた「世代間扶助」への貢献なので、経済合理性を伴った措置です。
- 現在検討の俎上に上っている育児休業期間中の年金保険料無料化措置も、ほぼ同様の効果を狙った方法ともいえます。
- ただ、フランス等で実施された同趣旨の施策を検証した結果、必ずしも少子化の改善効果を確認することができないとの見解もあるので、あくまで政策(目的)実現に制度の機能を活用する検討形式のひとつの例に過ぎません。
- 重要なことは、年金制度を取り巻く危機を生み出している根本要因を見極めることです。
- そして、公的年金という巨大な制度の持つ影響と実質的機能を十分に洗い出した上で、国家レベルで危機打開を進めるために、年金制度の機能をどのように活用するのが望ましいのかを模索することではないでしょうか。
- 国家が、社会変革(つまり「国作り」)の方向を戦略的に構想し、その実現に向けて年金制度の枠組みを見極めていけば、公正な仕組みのフレームについて、国民のコンセンサスを形成することは決して難しいことではありません。
- つまり、大事なことは国作りの価値観なのです。
- 例えば、現在の少子化進行を放置して日本国を将来消滅に導くのか、家族や地域の絆を再生し、
- 各世代が暖かな相互関係を築き、次の世代へ豊かな文化が引き継がれていく社会を再生するのか、ということについての。
- そのためには、そうした価値の見極め(価値判断)そのものを否定したり、回避したりする、戦後日本に染み付いた思想的土壌を変革することから始めなければなりませんが。
(どうもありがとうございました)
目次
- 「年金改革」と人事制度改革(その1)−その本質的課題とは?
- 年金改革と人事制度改革(その2)−年金改革論議からの教訓