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| 板垣英憲氏は現在政治評論家で、全国で講演を行っています。その講演は豊富な経験を生かし、時事問題に照らしてわかりやすく解説しています。今回は就職活動中の学生に向けて、ご自身の記者時代の話からマスコミの仕事、しいては働くとはどういうことかをお伺いしました。
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| 中学生の頃に「事件記者」っていう番組があったんですよ。それを見て憧れました。事件記者は面白いなって。大学生の時には司法試験の勉強をしていたんだけれど、じっとしているのは好きじゃなくてね。自分から行動する方だったから法曹は向いていない気がした。そうしたらライバルの友人が新聞社に入ったこともあって、じゃあ自分も新聞社だと決めました。 |
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| 浦和支局に配属になって警察本部担当の事件記者をしていました。最初に書いたのは死亡記事です。先輩の記者が書き方を教えてくれました。駆け出しの頃には交通事故。事故が起こると警察が作成した概要書をもらって、それを記事にまとめます。足らなければ自分でさらに取材します。人が何人も亡くなるような大事故であれば、当然、現場に急行です。交通事故っていうのは毎日起こりますから、そういう意味では新聞記事の原点ですね。 |
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| 雑誌も含めて全ての記者に云えると思いますが、自分の書いた原稿が世に出るのはワクワクしますね。逆に、辛いことは「待つ」ことです。事件っていうのは私たちが起すものじゃないから、事件発生を待つ。記者とは事件に対して受身なのですよ。どこから玉が飛んでくるか分からないから、情報に素早く反応する瞬発力が常に要求されます。そういう意味では落ち着いていられませんね。 |
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浦和支局から本社の政治局に上がったのがきっかけです。そのときに総理大臣担当になりました。総理大臣担当というのは総理府を担当するということで、官房長官・官房副長官・役所も掛け持ちます。そういうところの取材をしながら、世の中を総理大臣の頭の10センチ上くらいから見るんです。そうすると世界情勢、経済情勢が全部見えるわけです。政治部の記者をやっていると、政治家の心理を彼の言葉から分析するようになります。毎日言葉を拾っていると、ある日突然、ニュアンスの違った云い方をする時があるのです。それが政局の変わるときです。心理を敏感に感じ取る力っていうのはすごく重要になってきます。 |
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| 新聞社入っても体力的に大体30代で現場記者は終わりですよ。うまくいけばその後はサブデスク→デスク→部長。そして、局次長→局長。でも、「新聞記者の道は3つある」と私を推薦してくれた記者が言っていました。一つは一生記者を続けるコース。二つ目は管理職コース。三つ目は筆で独り立ちしていくコース。当時、新聞記者をやりながら東西冷戦について本を書いて賞を取った作家がいました。その時のデスクがこういう人になりなさいって言っていまして、私はその影響を受けたんです。それに加えて当時は転職ブームでしたし。さらに、生活費を稼ぐために、給料とは別にアルバイト原稿を書いていたんですよ。そこで自信をつけたっていうのも独立したきっかけですね。 |
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| そうですね。さっき云いましたように、まず自分自身を見つめて、本当に小さい頃何になりたかったのかを考える。世の中にはまだ存在してないビジネスを見つけることができれば最高です。世の中には既に存在するけれど誰もやりたがらないことでも結構。大勢いる中でトップを目指すと大変だから、無いやつを見つけると簡単でしょ?また、開発→流通→販売というような流れはだいたい共通していますから、そのどこに一番安心感があるのか見つけることですね。 |
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| そう。だから何でもいいんですよ。資本主義社会っていうのは結局商品交換社会だから。下手すれば思想も商品になりうるしね。そういう時に自分がどういうものに一番惹かれるかということが問題なんですよ。例えば、楽器なら楽器でも色々あって、フルートが好きなのか、弦楽器が好きなのかありますよね。打楽器だってあるでしょ?それだって選択なんですよ。自分の好きなものを見つけることですね。 |
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今振り返ってみると、小学校4、5年頃が大事だったなと思いますね。これは私だけじゃないと思うんだけれど、その頃に「なりたい」「やりたい」と思っていたものが実は今も変わっていないんですよ。なりたかったものに向かって進んでいけたなら、年をとってから良かったなと思えるんですね。けれども、そこで自分のやりたかったことを置き去りにして人生を進んでいくと、どうしても後悔が残る。自分の理想と親の期待がピッタリ合っていれば良いのですけれど、そうじゃない場合は、自分の気持ちを置き去りにしたまま時が過ぎて定年になる。あのときやっぱりあれをやれば良かったと一生悔いを残してしまいます。今の団塊の世代は人数が多いだけに、受験勉強は熾烈だったんですよね。良い会社に入りたいという就職戦争でも熾烈に戦うわけですよ。そういう中でとりあえず大手企業に入ったはみたものの、それは本当に自分がやりたかったことじゃないと気づくんですよ。 |
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| 今の若い人は恵まれていますが、弾圧されない分、自分で選択できない人が増えています。よく聞く話では、東大の法学部を出て就職試験は全部受かって、「次はどうしたらいいでしょうか」みたいな。いっぱい受けてもいいけれど、就職活動は不合格になることを期待して行った方がいいね。落とされることによって、それが自分には適していないことを知ることができるわけです。落とされることを通して自分の適性を明確にできるのですから、失敗を恐れていては駄目ですね。下手な鉄砲でも100発打てば当たるでしょ?99回落とされてもいいんですよ。100回のうちの1回、面接のときに自分がまだ気づいてない資質を採用官が見つけてくれて、それを評価してくれるかも知れない。これは重要ですよね。 |
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| ◆編集部より |
板垣英憲マスコミ事務所最寄りの武蔵浦和駅からの道のりは路地が大変多く、迷ってしまいました。地図を片手に行ったり来たりしていたのですが、無事時間通りに到着することが出来て一安心。
板垣英憲氏は気さくな優しい方で、ご自身が子供の頃の話から現在に至るまで語ってくださいました。お話はとても楽しく、時間が経つのも忘れて聞き入ってしまいました。
今回印象深かったことは、やりたいことは自分の幼少期にその本質があるということでした。小さい頃に経験したことや影響を受けたものが今に繋がっているというのは実際のところ、その通りかもしれません。
自分のやりたい事に迷った時、小さい頃を振り返ると案外答えはすぐ出てくるかもしれませんね。
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